大学院受験記 受験編

大学院
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志望校も決まって受験への準備に入りました。

そこで最初にしたことは、研究室訪問です。

大学院入学後は指導教官が決まり、その指導教官の下で修士論文を執筆していくのですが、自分の場合は経済学部出身という事で他分野出身であったので、まず指導教官になるであろう先生に受け入れ可能かどうかを学校の下見も兼ねて直接聞きに行きました。

そして研究室訪問の前に研究計画書を作成して、自分の研究したいテーマを用意していきました。

もともと開発経済学を専攻していて、経済発展における教育投資の効果に興味があったので、海外の地域や企業の発展に日本語教育は貢献できるのかということを研究してみたいと思いました。

できれば調査地をタイにしたいなあと思ってました。

なぜタイを選んだかというと、以前ウドンタニにアパートを借りて少しだけ生活したのですが、とても居心地がよくまた行きたいと思っていたからです笑。調査で行けたらタイに行ってウドンのアパートで緩く生活しながら論文を書きたいなという極めて不純な動機です。

結局コロナウィルスの騒動は収まらず、海外渡航が難しいままだったので2年次に別のテーマに変えることになってしまいました。

研究室訪問

少々脱線しましたが、研究室訪問です。

大学のホームページから教員紹介のページを探し、そこに載っていたメールアドレスへ連絡してアポを取りました。

大学の先生は快く応じてくれて、研究室訪問時には試験に向けて準備したほうがいいことなど、多くの事を教えてくれました。また同じ分野のほかの先生も連れてきてくれて、様々な不安を解消することができました。

入学後に日本人の同級生達は誰も事前訪問などはしていなかったみたいですが、受験前に研究室を訪問して教員から話を聞く事はすごくオススメです。

実際の面接試験でもここで聞かれたことが質問されていくという感じで進行して、試験の対策に十分に効果ありました。

コロナのおかげ

募集要項によると入試は小論文と面接でしたので、小論文の対策として大学受験用のものをブックオフで買って読んでいました。

自分が大学受験した時は、小論文と言えば樋口先生の本が定番だったので、大学院の受験対策でも樋口先生の本を買いました。昔の本という事でブックオフでも100円か200円とかで買えました。

そうして小論文の対策をしていたのですが、事態は急変します。

なんと学科試験がなくなってしまいました。

試験は大阪の梅田で行われる予定でしたが、コロナウィルス蔓延の影響で安全性を確保できないということで会場の使用が中止になって、その影響で学科試験そのものがなくなってしまいました。

ということで、試験は面接のみになってしまいました。

なんという追い風!

もともと定員割れを起こしていた学校だったので、学科試験がなくなったことでほぼ勝ち確に。

こんなことが起こったのは後にも先にもこの年度だけ。

めちゃくちゃ運が良かったです。

入学試験

学科試験がなくなって面接試験のみになりましたが、その試験の名称は「口述試験」。もしかすると、「○○についてちょっと説明してください」なんて試験の可能性もありました。それなので、日本語教育についての入門書を購入して付け焼き刃ですけど読んでいました。

それと、せめて自分のやりたいことがきちんと説明できるように練習していました。

そうこうしているうちに時は過ぎ、試験本番となりました。

試験はオンラインでの面接で、ZOOMというソフトを利用したものでした。

知識を問うものだったら詰むなあと思いかなり緊張しました。

自室のドヤの一室でスーツ姿になって3畳一間で隣が寝床という状況でオンライン面接したのは、なかなかシュールでした。

面接は緊張と裏腹に割と和やかに進み、質問も自分の提出した研究計画についてでした。

そして、面接官は研究科長以外は研究室訪問で話した先生方という状況で、研究室訪問の延長みたいな感じになってあっさり終わりました。

試験は点数化されるものの、正直どう点数にするのかというようなものだった(知識を問われるような問題は一切なかった)ので、終わりと同時に「合格するんだろうなあ」と思いました。

合格発表

合格発表は、学校のサイトに合格者の番号が発表される形でした。

この日は歯医者の予約があって、大阪環状線で玉造に行く途中で電車の中で気になって見てしまいました。天王寺辺りだったかなぁ。

スマホの画面には自分の受験番号が映し出され、あっけなく合格が決定しました。

感慨に浸る暇もなく電車は目的の駅に到着して、慌ただしく降りて歯医者へと向かいました。

その日は歯医者の帰りに日本橋の黒門市場へ寄って、タイの物産店へ行ってチャンビールを買って帰り、部屋で一人祝杯をあげました。

失意の中でベトナムからの帰りに立ち寄った西成で、一時は個室のドヤにも泊まれずドミトリー(1泊800円)に住みながらドヤで日雇いのバイトをして凌ぐところまで追い込まれましたが、少しずつ良い方向へ行けるような風向きになってきました。

 

 

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